クッキングスターの活動内容 クッキングスターの毎日 林由佳里
「夜空に星がまたたく頃、愉快な仲間が集まって、みんなでつくるごちそうは、明るい笑顔があふれる夜」これはメンバーのあい子さんがクッキングスターがまだできたばかりの頃、つくった詩だそうです。クッキングスターにあるギャラリーの一番上にこの詩が飾ってあり、全国からお客様が来てくださる度に、「いい詩ですね。」と目に止めて下さいます。クッキングスターは火曜日から土曜日、昼の12時から夜8時まで開いている夜間サポートの場です。開所している週5日間毎日、夕食会が行われます。会費は500円、昼間のティータイムや、ここで行われるすべてのプログラムの参加費がここに含まれています。 クッキングスターの一日は気持ちの良い挨拶から始まります。まず入ってくるのはメンバーのひろみさんです。「こんにちはー。」明るい声と笑顔で入ってきてくれます。ひろみさんに私も笑顔を返すと、とても気持ちの良い一日の始まりになります。 クッキングハウスの人はみんな挨拶が素敵です。誰かが入ってきて挨拶をすると、みんながその人の方向を向いて挨拶を返すからです。入ってきた人はとても歓迎された気持ちになります。そして段々と人が集まってくると、みんなそろってお茶とお菓子を楽しむ、ティータイムが始まります。週2回はメンバーとスタッフでやっているお菓子作りのグループで作った、手作りのものを食べることができます。ティータイムではお菓子を食べながら、おしゃべりをしたり、レクリエーションが大好きなひろみさんの司会でゲームをしたりして過ごしています。 ゲームは山手線ゲームです。テーマに沿って一人一言ずつ回して行くのですが、そのテーマは次のようなものです。「お寿司のネタの名前」「喫茶店のメニュー」「行ってみたい外国」「京王線の駅の名前」「ずうずうしいと思うタレント」なんていうテーマもあります。一人一言ずつ、参加した人が声を出せるのがこのゲームの素敵なところです。ひろみさんが好きなゲームは他に、文字文字ゲームがあります。まずはじめになった人は言葉を決め、次の人の背中にその言葉をひらがなで書きます。書かれた人は、その言葉を背中の感覚から想像し、分かったら次の人の背中に書きます。こうして回して行き、最後の人は何という言葉だったかをあてるというゲームです。普段は神経を集中しないようなところに、集中するし、どんな言葉がテーマになるかも楽しみなゲームです。 ティータイムの終盤になると、夕飯のメニュー決めが始まります。長野県八千穂村で無農薬野菜を作っている、織座農園の野菜が毎週届くので、旬の野菜を中心としたメニューを立てます。春がくればどっと葉物の野菜が。夏になればピーマン、ナス、トマト、ズッキーニ、レタスが、秋になってくるとじゃがいもや人参が多くなります。 いかにバリーエーション豊かにメニューを立てるかが難しいところですが、一年中何でもあるスーパーで買い物するのではなく、今何が旬なのか感じながら食事をできることは実は贅沢だなあ、と感じています。料理の本などを見ながら相談し、その日のメニューが決まります。例えばある日のメニューは次のようです。高野豆腐と鳥肉の煮物、ピーマンの卵とじ、ひじきご飯、ネギとわかめのみそ汁、デザートに栗の渋皮煮とぶどう。栄養たっぷりのメニューです。メニューが決まると、スタッフやボランティアとメンバーが一緒に買い物に行きます。買い物に行くときは、小人数なので歩きながらゆっくりと話ができる貴重な時間になっています。 帰ってくると夕食づくりが始まります。米とぎ、味噌汁のだしの準備、刻みもの…と次から次へと料理をするメンバーもいれば、準備が始まっても音楽を聴きながらお茶を飲んだり、昼寝をして休憩をとっているメンバーもいます。ここではどんな過ごし方も自由なので、その日の気分や、その人の利用スタイルに合わせて過ごしてもらっています。外で就労しているメンバーがただいまと帰ってきて、夕食を食べて休んで帰る場所でもあります。 柳川敬愛さんは、「今仕事帰りなのー。」と明るい声でスターに入ってきてくれる一人です。敬愛さんの仕事はホームヘルパー。「スターでいつも夕食作りをしていたのが、利用者のお家での食事づくりにとても役に立っているわ。」と話して下さいます。ここでの毎日の活動がそんな形で敬愛さんの役に立ったのだと思うととてもうれしくなります。 支度ができると5時ごろから夕食が始まります。「この味噌汁おいしい。斉藤さん味付けが上手ですね。」「この酢豚おいしいです!調味料は何が入っているの?」作った人をねぎらうやさしい言葉が聞こえてきます。この雰囲気がとても心地よいといつも感じています。私はクッキングハウスのスタッフになり現在3年目ですが、就職したとき「病気によって自我がもろくなっていて、とても自信のない人達です。相手の良いところを具体的にほめて下さい。」と松浦さんに言われました。スタッフが心がけて、そのように何年も声をかけ続けてきたからだと思います。メンバーもとてもほめることが上手なのです。相手を認めて、ほめ合う言葉が多いと場所が明るく、温かくなります。そのような雰囲気で毎日の夕食会は行われています。 夕食を食べ終わると語り合いの時間です。その日の料理の感想や、近況を一人ずつ語っていきます。「今日食べた梨は初物でした。一人暮しで果物をなかなか買わないので、ここで食べられるのがうれしいです。」「今日も野菜をたっぷり食べて、栄養を補給したなと安心しています。ここでの夕食が自分にとってとても大切です。」など感想が述べられます。 また近況を語る場面では「息子が結婚しました。花束の中に手紙が入っていて感動してしまいました。」「今日はティールームにお客さんが沢山来ました。ウエィトレスはとても大変だったけど充実した仕事ができました。」「一人で北海道に旅行に行ってきました。前はおつりを確かめたり、何度もカギをかけたか確認したりしないとホテルにも泊まれなかったのに、もうすっかり確認をしないで、気楽に旅行に行くことができます。」「うちの猫が死んでしまいました。今とても悲しい気持ちです。」そんな風に今の自分の気持ちを話してくれます。ホームヘルパーの仕事が終わって帰ってくる敬愛さんも「今、仕事先の利用者の人と会話が難しくて、仕事に行くのも気が重くなっているの。疲れてスターに来たけど、みんなの顔を見たらほっとして、元気になりました。」そんな風に話してくれました。 うれしいことも、悲しいこともここに来て、気持ちを話すことができます。「うれしいことがあったの。ちょっと聞いて!」私達はどれぐらいそんなことを話せる人、受け止めてくれる人を持っているでしょうか。うれしい気持ちをを話すことができる、それはとても豊かなことだと感じています。夕食後の語り合いは、そんな温かい気持ちが寄り添うとても大切な時間です。しかし、この雰囲気は食べ終わってすぐに片付けをはじめてしまったらこのようには作れません。毎日心がけてこの時間をつくることが大切だと感じています。 このような夕食会が毎日の活動ですが、それ以外にもクッキングスターには様々な活動があり ます。みんながとても楽しみにしているイベントの一つに居酒屋ディがあります。主に第4土曜 日に行われるイベントで、いつもの夕食にプラスしてお酒も飲むことができます。夕食のメニュ ーも鍋物や手巻き寿司、オープンサンドなどパーティーらしいメニューが並ぶことが多くなります。 居酒屋ディでは食事がだいたい終わると、一芸大会が始まります。トップバッターはひろみさんです。クッキングハウスで良くコンサートをして下さる、笠木透さんの「私の子どもたちへ」と いう歌を私も誘ってよくうたってくれます。「生きている鳥たちが 生きて飛びまわる空をあな たに残しておいてやれるだろうか父さんは」私も大好きな歌です。気持ちのやさしいひろみさんとうたうと、この歌の良さがより一層伝わってきます。丸茂さんも森山良子の歌などしっとりし たバラードをうたってくれます。宮川さんもいつもCDを準備してきて高音がきれいな、かわいい声でアニメソングを始め幅広く歌謡曲をうたいます。 次々とアカペラでも恥ずかしがらず、うたってくれるメンバーを見ると、人は自分を表現することが本当は大好きで、自分が活躍する場を 求めているんだということを感じます。大人になると上手な人には歌う場があっても、普通の人には歌う場はなくなってきます。でも本当は誰でも歌をうたうことが好きで、それを発表できることは楽しいことなのです。居酒屋ディで初めて斉藤さんが一人でうたったエピソードは忘れることができません。斉藤さんがクッキングスターに来たのは一年半ほど前です。最初はあいさつするために声を出すことさえ恐くて、大変だった斉藤さんでした。 しかし後ほど書くSSTや、毎日の夕食後の語り合い、松浦さんとのカウンセリングを重ねて段々人前で自分を表現することに慣れてきました。そんなある日の居酒屋ディです。斉藤さんが音楽が好きで、歌も大好きなことは私たちもよく知っていました。「今日の居酒屋ディではぜひうたいませんか?」そんな風にスタッフの小林さんが声をかけると、ためらいながらも曲を選んでくれました。曲目は福山雅治の「桜坂」というバラードです。恥ずかしそうに前に出てきた斎藤さんに、みんな拍手を送りまし た。 拍手の後は静かになって斎藤さんがうたいはじめるのを待ちました。みんなが「斎藤さん頑 張って!」という気持ちで見守っているのが分かります。思い切って斎藤さんが歌い始めると、本当にため息がでるように上手なのでした。「斎藤さんすごいよ。」とメンバーの岩淵さんが声をかけます。きれいな声で最後まで歌い上げた斎藤さんに、みんな盛大な拍手を送りました。 一生懸命歌う斎藤さん。それを見守り、思い切って歌えた斎藤さんのことを自分のことのように 喜ぶメンバー両者の光景は、温かさに満ちていました。今でも思い出すたびに、良い時間だったなと思います。 また、スターの活動で、大きな柱となっているのが週一回火曜日の夜に行われているSST(social skills training)です。SSTは認知行動療法と呼ばれるもので、特に日常生活の対人関係の練習をすることができるグループ活動です。日々の生活は上手くいかないことや、不安になることもいっぱいあるけれど、何か問題が起きてもSSTで解決できるから大丈夫。そんな風に思えるメンバーの心の居場所でもあります。メンバーの斎藤さんは先日、大勢のお客様の前で自分にとってのSSTをこんな風に語ってくれました。「僕がクッキングハウスに通うようになった頃は、玄関から入るのが恐くて、入口をうろうろしてしまったり、来ても一言も話さないで帰る日が多くて、SSTに参加しても見学するだけで精一杯でした。でも参加しているうちに、『自分も大きな声で話せるようになったらいいな。』と思うようになって、思い切って課題に自分のことを出してみました。『玄関から大きな声で挨拶する』『近くの人、次は遠くの人、みんなに聞こえる声で話す』いろいろな練習をしました。最近ではこうしてみなさんの前で話ができるようになって、それはSSTのおかげだと思っています。」 毎週金曜日、夕食後に開かれる「何でもミーティング」は、今の自分をそのまま表現することのできる、大切な時間です。近況、今みんなに聞いて欲しいことをそれぞれが、順番に語っていきます。今それぞれが抱えている大変な状況も、知っていてくれる仲間がいるとホッと気が楽になります。 「クッキングハウスは今就労ラッシュだね。」最近そんなことをメンバーの敬愛さんと話しました。クッキングハウスの活動の中で力をつけ、働きにでるようになったメンバーが増えてきています。現在は15名、これはメンバー全体の24パーセントにあたります。いずれもパートタイムで週2日から5日、一日2時間から6時間の勤務をしています。しかし、心の病気を抱えながら、外で働くのには沢山の苦労があることがメンバーの話を聞いていると分かります。働いている15名のうち10名は、自分が病気を抱えていることを職場には言わずに働いています。「きっと病気だと話していたら、自分を雇うことはしなかっただろう。」そんな風に感じるので職場でもいつも緊張している状態です。そこで働くメンバー達が仲間同士で集まり、互いの苦労を話したり、病気と付き合いながら上手く仕事を続けていく方法を話し合ったりする、セルフヘルプグループ活動をしています。名前は "ハロ−お仕事ミ−ティング"です。現在3年目のグループで最初の2年間は年4回、現在は年6回行っています。毎回、メンバーが司会をして、ルールを確認してから互いの近況を報告しあいます。ルールは「緊急にみんなに話を聞いてもらいたい人が、先に話す。」「安心して話すことができるように、ここで話されたことはここだけの話にすること。」の2つです。参加メンバーの年齢も20代から60代と幅があり、そのことが共感しあうことの幅を広げているように感じています。ある日のミーティングでは、職場の人との付き合い方の難しさが語られました。「職場の人と仲良くなればなるほど、自分が病気であることを隠しているような気持ちになる。どんな風に付き合えばいいのか難しい。」そうすると「自分はその辺は割り切って、多少の嘘も仕方ないと思ってつきあっている」という意見や、「職場の人とは、TVの話など世間話程度のことでも充分楽しい。自分が抱えていることは、クッキングハウスで話せるから大丈夫。職場の人でもプライベートは一切話さない人もいるから、話さないことも普通じゃないかなあ…。」という意見もありました。それぞれが毎日の体験を率直に出し合っています。また近況報告の場面で「自分の好きな仕事だから、多少の我慢も必要。プレッシャーもあるけど目標の3年間続くように頑張りたい。」という話や「仕事をしていると罵声や無視、嫌なことがたくさんある。でもどんな職場にも必ず良い人がいて、『今日はもうあがりですか?お疲れ様です。』と自然に声をかけてくれる人もいる。そんなことがあると涙が出るほどうれしい。」という報告があると、みんな感動して、うんうんとその人の話にうなづきながら話を聞いています。自分のことを受け止めてくれる仲間がいて、一緒に喜んだり、共感したりできる。そんな場が大切なのだなあと温かいものを感じながら、私も毎回のミーティングに参加しています。スタッフの仕事は仲間同士の支え合いができるような、環境を整えることなのだと感じています。 クッキングスターでは他にも月に一回「キミコ方式で絵を描こう」という絵の会を開いています。キミコ方式とは赤青黄色の三原色と白を使って色を作り、輪郭線の下書きはしないで、書き始めの一点を決め、隣、隣、と部分、部分を完成させながら描いていく方法です。紙が足りなくなったら足し、紙が余ったら切り取ります。そうやって最後に構図を決めるので誰でも失敗なく絵を描ける方法です。「春の草花」「いちご」「もやし」「スイカ」「夏の空」「アスパラガス」「すすき」季節ごとのモデルを描いていきます。出来上がった絵はどの人の絵も味があってなかなかの作品です。私自身も美術が大の苦手ですが、キミコ方式で描いた自分の絵はなぜか気に入って、大切に部屋にかざってあります。この絵の会は市民の方々にも参加してもらいながら毎月行っています。広報を見て、クッキングハウスのことは何も知らずただ絵を習いたい、そう思って参加してくれていた市民の方が、回数を重ねてくるうちに段々とメンバーに声をかけるようになってくれます。「あら。私の絵とまた違って、若い人は勢いがあっていいわね。」「今日の夕食は何?私の家はスパゲッティにするつもりなのよ。」そんなおしゃべりが始まります。絵という共通の楽しみで、クッキングハウスのような居場所を理解してもらうことができるのだと思うと、とても楽しくなります。「お互いのペースを認め合いながらのんびりやっていこうよ。」というクッキングハウスの雰囲気と、「みんな違ってみんないい。」というキミコ方式の理念が合わさって、市民の方達にとっても心地良い居場所になっているのではないかと思います。 年に数回、クッキングスターではコンサートを行っています。もっとも多くコンサートをして下さっているのが、フォークシンガーの笠木透さん・増田康記さんです。クッキングハウスがまだできたばかりの頃からお付き合いをして下さっています。先日も笠木透さんのコンサートがありました。何度も回を重ねてきて、みんな一緒に歌えるようになりました。一曲目の「私に人生といえるものがあるなら」から笠木さんの声と共に、みんなの歌声が大きくクッキングスターに響きます。「あなたが夜明けをつげる子どもたち」「長良川」を歌うときは、みんなで手話をつけて歌いました。手話をつけながら歌うと、歌詞の意味が心にしみいってきて、じんとするものがあります。お客様にはレストランの常連の松宮さんご夫妻が来て下さいました。目の見えない松宮さんが耳をすまして、穏やかな表情で歌を聴き、口ずさんで下さる姿を見てこの場を共有できたことを嬉しく思いました。私は外にコンサートを聞きに行くのではなく、この場所でコンサートをやることに意味があるのだと感じています。外に行くのでは、全員で行くことはなかなかできません。一部の人だけでなく、メンバーもスタッフもみんなで聴くからいいんだな。と毎回のコンサートで感じています。先日のコンサートでも、いつもこんなに歌っていたかな?と思うメンバーがみんなと一緒に歌っているところを発見でき、とても嬉しくなる場面がありました。自分がコンサートを聴いて何かを感じることだけでなく、感動している相手を発見できるから、嬉しさが倍になる。そんなことを感じます。 家族SSTは、当事者を抱える家族が、少しでも良いコミュニケーションが取れるように練習できる場です。またお互いの近況を語り合う場でもあります。心の病になった自分の家族をどう受け止めてよいのかまだ戸惑っている人に、経験を重ねた人が自分の経験を語り安心を届けたり、情報交換ができる場にもなっています。これはルーテル学院大学大学院の前田ケイ先生に、月に一度来ていただき、リーダー役をお願いしています。2時間のグループが終わったあとは、ティールーム(第1クッキングハウス)でお茶の時間。話したりなかった自分の思いを、思いっきり話せる交流のひと時が持てます。クチコミで広がって、毎回新しい参加者が絶えない会になっています。 以上がクッキングスターの、毎日の様子です。夕食作りを基本に、自分の気持ちを表現すること、仲間を作ること、文化を通じた活動で楽しみ、市民の方々とも文化を通じてふれあうこと、を大切にしています。たくさんの素敵な場面があり、日々感動しながら仕事ができることをうれしく思っています。 <<ホームへ戻る |