〈元気を出そう 地震レポート〉
〈大地震の夜 困った時こそ 助け合おう〉
3月11日午後2時46分、夢tomoリカバリーミーティングで、春から始まる心の健康連続講座やメンバーがリーダー役の練習をする夢tomoSSTなど、新しい企画の話をし終わった途端、すごい揺れ。スターの丸いテーブルの下にうずくまり、みんな手をとり合いながら揺れがおさまるのを待ちました。泣きだすメンバーの手を池田和子さんがしっかり握っていました。
東北地方に大きな地震と津波、大変なことがおきたのです。東京もたちまち電車がストップ。帰宅できない人達で大混乱。こんな時こそ落ちついていつものことをやっていようと、みんなでカレーライスの夕食をとり、ハッピーアワーもいつも通り営業。常連の石塚さんや寺岡さん、吉岡さんがきてくれ、お互い顔を合わせてやっと安心。
新潟から来たお客様や千葉の小林さん、帰れないスタッフ達が松浦・池田・吉岡の家に分宿。吉岡豊さんが「僕の部屋に小林さん泊まっていって下さい。」と申し出てくれたとき、本当に嬉しかったです。困った時こそ助け合うのです。この日の夜、神田にある会社から歩いて帰宅したハローお仕事ミーティングのメンバー・小沢隆秀さんが、貴重なレポートを寄せてくれました。
レポート 〈神田から歩いて帰った夜〉
人のぬくもり感じた 困ってもひとりじゃない 小沢隆秀
3月11日、地震発生と同時に鉄道各線はストップした。神田で勤務する私は帰りをどうしようか思い悩んだが、徒歩で帰宅することを決意した。午後5時30分出発。神田から神保町、九段下、市谷、四谷、新宿、甲州街道をひたすら歩くルート。街は車と人で大混雑。ヘルメットをかぶり、緊急避難袋を背負うサラリーマンも多数。市谷、四谷のJRの駅はシャッターが閉まり、緊急車両のサイレンが街中に響く。女性はハイヒールを手にスニーカーやスリッパで歩いている。新宿駅周辺は人も倍になった様子だったが、迷惑をかける人もなく、整然と歩いていた。神田から三時間近く、甲州街道に入ると明大前手前で斉藤さんから電話が入る。黙々と情報も無く歩いていたので世間と繋がったみたいで嬉しく思った。
しだいに寒さが増し、靴もかばんも重くなってくる。歩くのが辛い。そのとき「お茶をどうぞ、休憩していってください、トイレもありますよ」商店の人たちがボランティアで休憩所を設置してくれている。喫茶店のテーブルといすを歩道に出して、お茶を入れてくれている。トイレを借りて、いすに腰掛け温かいお茶をもらう。休憩する人たちとボランティアの人たちの明るい会話と笑顔、心も体も温まる。善意に感謝。
桜上水から上北沢手前までの間は休憩も増え、ここが限界と思ったとき、大通りの信号を走ってわたってくるおばちゃんが「京王線が再開したみたいですよ!」と伝えてくる。これを聞いて人の流れも上北沢駅前の商店街に変わる。私も足の痛みをこらえて駅に向かう。ホームへの階段を一生懸命昇る。
午後11時45分自宅に到着。家では父がおにぎりを作って待っていてくれる。うまい。ゆっくり湯船につかり、睡眠。不安で、きつくて、しんどい約23キロ6時間の行程でしたが、仲間からの電話、ボランティアの人たちの笑顔、電車再開を知らせてくれたおばちゃん、人のぬくもりを感じた時間でもありました。困っても一人じゃないのだという思いを実感しました。東北地方の人たちもこの思いを一人でも多く感じて、復興へのチカラとなってほしいと思いました。
<こんな時こそ おいしいね、から元気になる場を!休まずオープン>
東京の中も混乱。スーパーに米やパンや食材がなくなった。調布のスーパーも長い列。ガソリンも手に入りにくい。電車が止まり、デパートや一部の商店も休業。電話もつながりにくいし、新聞やテレビは恐ろしい原発のニュースが一日中流れている。
アパートでひとり暮らしのメンバーが多いのだから、他が閉まっていてもクッキングハウスは休まず続けて、「おいしいね」から元気になる場をやらなくては。すぐに関川村『ままや』の平田ゆかりさんに米を分けてもらえるよう電話で頼む。2日後には、30キロの米が届いてありがたい。『ままや』にも福島の原発から避難してきた家族が泊まっているという。道の駅で、車の中で寝泊りしている子ども連れの家族をみて、放ってはおけなかったのだという。その話を聞いて、心があったまってきて、私も頑張ろうと思った。岐阜県の増田康記さんから「東京は大丈夫ですか」と電話をいただき、食材がなくて困っていると伝えると、早速に群上八幡の野菜を送って下さった。そして友人達に声をかけて下さり金沢の松中さんからは小松菜、嵐さんからはキャベツやにんじん、金森先生の仲間達から近江市場の魚の干物がどっさり、川崎正美さんからは米と野菜、安村さんからお米、長野大学の宮崎さんからは野菜が届く。本当にありがたく、私達はおいしい食事でメンバー達の不安をずいぶん軽くする事が出来た。
次に困った事が計画停電。でもガスも水道も使えるから、ろうそくと懐中電灯があれば大丈夫。水野スウさんが大きな100時間ろうそくを2つも送ってくれた。私達は「百年ろうそく」と呼び重宝する事になる。ボランティアの木戸光子さんも、山小屋で使うランタンを鯵の干物と一緒にリュックで持ってきてくれた。お陰でいつもの活動、昼のレストランもスターの夕食会もいつも通りにする事が出来た。(松浦幸子)
〈SSTが強い味方に 元気をだそう地震便り第1号発行〉
スーパーに米も食パンも牛乳もなかったり、計画停電で怖い思いをしたり、メンバー達も緊張と不安でパニック寸前でした。でも、SSTでの円陣をぐんと近づけて、顔を見合わせながら、不安を軽くするためにもっと工夫できる考え方はないだろうか。またもっと楽になるための行動のとり方は、とみんなで真剣に捜しました。次々とでてきました。
「停電したら月明かりを楽しもう」、「星がきれいに見えるから、夜空を眺めてみよう」、「エアコンの音が消えたら、ご飯の炊ける音が聴こえてきた。音を楽しんでみよう」、「熱い地球と私は一緒に生きているんだ」。集中して新しい発想を考えているうちに、SSTをやる前と、終わった後では全く表情が変わり、ほっとした、明るい笑顔になっていました。SSTの力はすごいです。仲間と一緒にちょっと考え方を変えてみると、元気になれるのです。早速、「元気をだそう地震便り第1号」としてまとめました。(松浦幸子)
私達にできることで応援しよう
〜レストランとハッピーアワーでチャリティーライブ
全国各地のたくさんの方達に応援してもらっている私達。被災者の方々に、何かできることをしようと、チャリティ営業を3月24日のレストラン、25日のハッピーアワーに行いました。ハッピーアワーでは野歩君、藍ちゃん、大吉君の三兄弟が「BELIEVE〜未来へ〜」ミニコンサート。谷川俊太郎の詩「生きる」を大吉君が朗読すると、心の中に清らかな水をおくるように皆さんが耳を傾けていました。子ども達のうたとピアノの音がまっすぐに心に響いてきました。
計画停電になって、スウさんの100年ろうそくが灯されます。ろうそくの灯りは、ハッピーアワーに集って下さった満員御礼のお客さまの心を深く集中させる効果となり、増野先生が「停電も演出ですか」とおっしゃり、大笑いになりました。心が悲しみに沈んでいる時こそ、苦しくてたまらない時ほど、先が見えない時こそ芸術が必要です。
災害一色になっている時こそ、うたったり、詩を読んだりしたいものです。ハッピーアワーの売上げ67,000円、カンパを含め40万円も集りました。これを4月5日、東北・関東の賛助会員27人の方々に発送することができました。皆さまのご協力に感謝。
早速「我が家は無事でした。私よりもっと大変な避難所にいる方にすぐに届けました」(福島県・本多さん)「壁が崩れました。原発まで60qなので心配です」(福島県・渡辺さん)「届きました。ありがとう。私達も炊き出しに協力しています」(仙台市・シャロームの会・菊地さん)と次々に返事を頂きました。助け合って生きていこうと思いました。このあとも引き続き救援物資を集めていきたいと思います。(松浦幸子)
前田ケイ先生、最後のスペシャルSST
〜思いあふれて 満員御礼〜
前田ケイ先生にどうしてもお礼を伝えたいと集って下さった方達。今回初めてだが、どうしても前田ケイ先生に学びたいと全国各地から参加された方々で昼の部も夜の部も満員。二重円になり、床に座布団を敷いて座ってもらうほど、熱気に包まれました。
先生が課題を出す人に、すっと寄り添い一緒に考える姿は、見事でした。みんな元気になってしまうのですから。深い学問と豊かな経験と熱い情熱のSSTを、そばで学ばせてもらったことを、私も伝えていきたいと思います。
「SSTと私、どんなことを学び役に立ったか」を参加者の一人一人が語っていきました。
「私は孤立していないと、SSTのグループからあたたかい気持をもらった。」
「認知を変える練習をしたら、相手との関係が良くなった。」
「生きにくい自分が、ちょっと生きやすくなった。」
「当事者の息子とのコミュニケーションを練習して、ひと呼吸おいてゆとりをもってできるようになった。」
宝物のような学びだったのです。最後は手作りの大きなケーキで感謝のパーティー。
和やかな会でした。これからは、私達が仙台の先生のところに教えを求めに行きます。だからお元気でいてください。(松浦幸子)
ごほうび企画 〜メンタルヘルス市民大学in小谷村〜
「メンタルヘルス市民大学を修了したら、冬の小谷村に行きましょう」と企画が盛り上がってから半年。2011年3月1日と3月2日の1泊2日で雪の降る小谷村への旅行が実現しました。夏の旅行と同じく、小谷村の皆さんとも交流します。
新宿駅を午前7時30分に発車する「特急あずさ3号・南小谷行き」に乗車して4時間の長旅ですが、これがゆったりとしていて“旅をしている感覚”を味わいました。ゆっくり行くのは良いですね。無理がないです。景色も徐々に移り変わり、南小谷駅到着直前にはすっかり雪景色へと変わりました。
栂池高原スキー場の隣の「ペンション・アンデス」で荷物を置いて昼食交流会が始まり、高橋きよみさん、亨さんとも挨拶。
午後は小谷村の皆さんとのSST。考え方の「しか」を「も」に変えるデモンストレーションとして「さんねん峠」を披露します。おじいさん役の田村さんとおばあさん役のあい子さんの息がぴったりで、おじいさんにアドバイスする青年役として“どこで入れば良いのか”迷いながら演じました。また、クッキングハウスのSSTから元気をもらった体験談も発表。前向きに考えるきっかけになっていることを実感しました。
夕暮れ時に倉下の湯で温泉に入り、夜の夕食交流会。寿司に具だくさん鍋、山菜とカモミールのみなさんが持ち寄って下さったご馳走に囲まれて、舌鼓を打ちながら話も盛り上がります。そしてNHK連続テレビ小説「てっぱん」の模擬演劇。それぞれが役を演じて「あかり役」の倉方さんにアドリブでメッセージを贈ります。
翌朝、真っ白な白銀の世界にうっすらと顔を見せる太陽の下、ゲレンデをソリで滑りました。顔に吹き付ける吹雪にもかかわらず、思いきりゲレンデを滑り、すっかり子どものようにはしゃいで楽しみました。
午前中のSSTは、アンデスさんの温かい雰囲気の中で、心地よい時間が過ぎていきます。場所は変わっても、クッキングハウスのSSTはいつもと変わりません。よい学びの時間でした。昼前、高橋さんの案内でスノーシューを履いて散歩。慣れない雪道に悪戦苦闘しながら進んでいると、亨さんは「普段から散歩しています」とすっかり慣れている様子。いろいろと教えてくれました。最後の交流会で、田邊順一さんはこの場の雰囲気を、「SSTは極上の空気清浄機」、「心の鼓動劇場」と表現されていました。
今回、みなさんと一緒に旅行に参加してたくさんの温かさを感じることができました。その場その場を楽しむことができるのは素晴らしいことだし、楽しい時間を積み重ねていくことができたなら、人生はきっと豊かになると思います。その場その場を楽しむためにさらによいコミュニケーションを目指したいと思います。(斉藤敏朗)