クッキングハウスからこんにちは No.133

目次(青字の記事を抜粋してあります)2010年7月31日発行

目次
巻頭言:ついに実現メンタルヘルス市民大学・目次…1、メンタルヘルス市民大学in小谷村特集…2〜4動くクッキングハウスin斉藤牧場とメゾン・ド・キミ子・・・4〜5笠木透うたづくり教室レポート・・・6、ままや9周年を祝う会へ・・6〜7、永順さんの料理教室・笠木透写真展・・・7〜8、文化学習企画:メンタルヘルス市民大学・秋のメンタルヘルス市民講座、SST・講演スケジュール、イベント情報等・・・8〜12、各地からありがとう他・・・12

メンタルヘルス市民大学in小谷村 一泊合宿特集

〜たくさんのおもてなしをありがとう〜

6月29日朝7:30、貸切りバスで調布を出発。増野先生を特別講師
に迎え、家族のかた5名、メンバー、ボランティア、スタッフと総勢
18名の旅。バスの中は、恒例、朝の気分しらべから始まります。あい子
さんが一番に、「主婦のみなさん、腰を軽くし、早めに行動しましょう」
と激励(?)。楽しい旅を予感させます。増野先生も、「早口言葉の歌」
で、みんなを笑わせてくれ、廣瀬さんのお父さんも合いの手を入れるよう
に、ギャグを連発。芸達者な人たちで、バスの中はにぎやか。
 渋滞もなく無事、小谷村に到着。高橋きよみさんたちが、「来てくれてありがとう」と優しく迎えてくれました。ペンション「アンデス」は、私たちの学習会のために貸切りにしてくれたので、講義の途中に具合が悪くなっても、すぐに横になれる快適さ。松浦さんから、大学開校の挨拶に続いて、増野先生の講義とサイコドラマのウォーミングアップ。2時間たっぷり、みんな一生懸命メモをとり、楽しく学んだ後は、村の小さな温泉、「若栗温泉」で入浴。
 夕食交流会は、村の方々がお手製の一品を持ち寄ってくれました。お重箱にずっしり詰まったおこわ、ソースカツサンド、山菜の漬物、共働学舎で作った野菜のグラタンやサラダ、イカの真ん中にきゅうりが入った地元の料理。「アンデス」のご主人自慢の握り寿司は、大きな桶に日本海の海の幸がたっぷり入って、東京では味わえない美味しさ。ご主人が4時間かけて採ってきてくれた姫竹は、鯖の水煮缶と一緒に味噌汁に。ハーブや山菜の天ぷら・・・どれも鮮度が抜群で香りがよく、心をこめて準備して待っていてくれたのが伝わり、本当に美味しい。食べながら、昼間の学習の感想を話し合います。みんな感動しているから、話したいことがたくさんあって、一回りするころには20時半を過ぎていました。
 笠木透さんの歌「源流の村」そのままの、白馬の山や源流の川が流れる小さな村。厳しい自然の中に暮す小谷村の方たちの暖かいもてなしや、真摯に学ぶ姿が嬉しくて、これからもまた一緒に学び合っていきたいです。(田村陽子)

形は違っても 思いは同じ 〜共働学舎見学会〜
梅雨の中休みの貴重な晴れ間がひろがり、30cmほどにのびた稲が風にそよそよと揺れる。小さな黒い生き物が田んぼの中でちらちら動く。おたまじゃくしだ!(農薬を使っていない証拠ですね)。段々畑の一角で農作業をしている人が数人。一心不乱に雑草をむしる人、少しむしっては手を休めてボーッと立っていたかと思うと、またおもむろにむしり始める人。それぞれのペースが尊重されている。あれ?これってクッキングハウスの活動風景に似ているみたい。
卵からひなを育ててみたら、一晩で20羽が死んでしまった。室温の調節など手探りでいろいろ試してみたと言う代表の宮嶋信さんは「失敗してみないとわからない。」と、こともなげにおっしゃった。「創意と工夫がもたらしてくれる自主独立の手造りの生活、それぞれに与えられている個性と能力が生かされる舞台、苦労はあっても、生きるものすべての本来の望みである生活の自由がそこにある」という共働学舎の構想が現実のものとして存在していた。「失敗しても大丈夫、そこから学ぼう」という、クッキングハウスでの実践とも、またまたリンクした。
大都会の中の小さな居場所、大自然の中の生活共同体。目に映る景色は全然違うのに、同じ思いがそこかしこに見つかり嬉しくなった。同じ理念の基で全く違った形の活動ができる、クッキングハウス精神の広がりと可能性を感じた見学会だった。(竹内高子)

NPO法人 共働学舎 http://www.kyodogakusya.or.jp/index.html
「競争社会ではなく 協力社会を」
米や野菜を作り、糸を紡いで機を織り、動物を飼う。どんな能力の人間でも大切な命を尊重しあう共同体。「共に働く学び舎」「農業家族」として生きる事の根源的な意味を考えます。

増野肇先生スペシャル講演(要旨) 
「精神科医療の歴史と未来に向かって」

「ギリシャの時代からヒポクラテスが、メランコリー・てんかん・ヒステリーの精神科医療を行った。その時代から、心の病気は脳・心と2つの流れがあった。中世になり、ルネサンスで印刷技術が普及すると、識者も加担して魔女狩りが行われたりした。フランス革命を経て啓蒙主義の時代になると、最初の精神科医ピネルが人間として扱うことを提唱し、「鎖からの解放」と精神医療改革を行った。
自然科学が発達し、産業革命の時代には「精神疾患は脳の病気」と考えた。メンデルの遺伝説、ダーウィンの自然淘汰説などが出て、その時代の社会によって考え方は変わってきた。クレペリンは「分裂病は不治の病」、ブロイラーは「分裂病は4分の1は回復する」ととなえた。
1950年代、抗精神薬「クロールプロマジン」の発見で、地域で暮らすことが可能になった。1959年(昭和34年)私が精神科医になった時は、まだクレペリンの考え方で教わった。しかし、三浦半島の病院でイギリスの「治療共同体」の影響を受けて、開放病棟で患者と共に暮らし、教科書と違うことに気づいた。
1960年代、ベトナム戦争を経て心の傷が深くなり、「医療を専門家に任せていいのか」と当事者のセルフヘルプグループの時代になっていく。ソーシャルワーカーが医療を変えてきた役割は大きい。私も、精神科医になっていなければソーシャルワーカーになりたい。
これからは、当事者の経験を共有し大切にした「当事者の時代」になっていく。家族も、「危機は成長のチャンス」と危機をうまく支え、安心を贈ることを学んでいくと良い。
将来は「臨床の知」が大切だ。クッキングハウスの実践やべてるの家、SSTやサイコドラマなど、グループの中で自分の力も高め、地域の中で生きていくことだ。
(この後たくさんの質問が出ました。1つずつ丁寧に、穏やかに答えてくれる増野先生。本当にありがとうございます。メンバーの宮川和子さんが、きちんとメモを取ってくれました。学ぶ姿勢に感動しました。)                    (松浦幸子)

「この大学で学びたいのは、コミュニケーション」
 メンタルヘルス市民大学2日目は、朝の9時から村のみなさんもアンデスに集まり、開講です。まずは松浦さんから市民大学開講の思いが語られました。「23年間の歴史を振り返って、ポイントにしてきたことは3つ。『当事者としての誇りを持つこと』『希望をみつけるために学ぶこと(そして学んだら、市民として自分が伝えて行こう)』『共に生きていく心やさしい文化をつくること(自分達が欲しいと思ったことは自分達でつくる。そうしたらみんなの役に立つ)』。増野先生のお話からも分かるように、その社会の状況が、その時代の障害を持った人にのしかかる。今必要なことを学べる場を、みんなで実現することはとても有意義。」と小谷村のみなさんとこの市民大学をともにできた喜びを話しました。
 さらに「この大学で学びたいのはコミュニケーション」と、クッキングハウスで実践を重ねてきたメンバーから体験を話しました。SSTで両親と目を合わせる練習をして、コミュニケーションが楽になった江田さん。また斉藤さんは、自分の段階に応じてSSTで練習し着実に力をつけてきたことを話してくれました。また市民としてコミュニケーションを学ぶ場をつくっている倉方さん。家族SSTで勉強を続けてきた山田さんも、学ぶ場の大切さをそれぞれの言葉で話してくれました。            (林由佳里)
【感想から】
☆「人の願いは皆同じ、一人一人の状況は違っても、仲良く幸福に普通に生きたい。でもコミュニケーションが苦手。どうしてよいかわからない。そんな中でこの市民大学から、その方法ヒントを教えられて感謝です。ここに蒔かれたこの種が、小谷に植え付き成長しますようにと願います。」
☆「人は人に認められ、自分を表現することで喜びを感じられます。共働学舎の皆は表現することが苦手な人が多いです。でも私達はそれをよしとし、そのままでいいよとして生活してきました。 けれどクッキングハウスの皆さんは皆、堂々とそれをこなしている。すばらしい。苦手でも練習すればいい。学びは希望。私たちも共働学舎のメンバーに伝えて行きたいと思います。」
☆「共働学舎で自給自足で、時間をゆっくりかけて、農作業に取り組んでいる人々の姿をみて、人間は自然に生かされているのだなと改めて思った。東京ではなかなか見ることのできない風景に大変癒された。人間同士のコミュニケーションを、今後ゆっくり学びたいと思う。あせらず、ゆっくりと。」

動くクッキングハウスin北海道旭川
斉藤牧場とメゾン・ド・キミコ
「いのちの輝き感じるかい」
〜憧れの斉藤晶さんに会えた〜

北海道、斉藤牧場の中に建てられた、松本キミ子さんの美術館「メゾン・ド・キミコ」での教え方セミナーに参加の旅が実現した。自然の森の牧場を牛が草を食べながら自由に歩き回っている。
メゾン・ド・キミコの美術館も牛と話しができるように広いバルコニーだ。すべてが木でできている家は朽ちたらそのまま土に戻るように、エコな材料ばかり使っていて、しかも誰でも歓迎するオープンな設計だ。どの窓からみても、牧場の森と空がみえてそのまま絵になる風景。丸くてどこからでも食事づくりに参加できるオープンキッチン。どの部屋も固い四角という角度がない設計。斉藤牧場の草の香りのする牛乳と、野の花のハチミツと牧場のウドやワラビの山菜料理。ひどく疲れて初日は寝込んでいた私も、この環境の中で2日目は元気になり、森の絵を完成させることができた。
2日目の朝、まるで願いが通じたかのように斉藤晶さんがやってきた。私は喜びの歓声をあげてしまった。「牛が拓く牧場」、「いのちの輝き感じるかい」を読み、開墾して農業を始めよう
と北海道にやってきた斉藤さんが苦労の末に荒れた山を、美しい自然の庭の牧場に変えていく人生を知り、ずっとお会いしたいと思い続けてきたのだった。
木の枝を払うためのカマを手にした斉藤さんは小柄で、少し腰も曲がっている。
でも、どこからエネルギーがでてくるのかと思う程の元気さで、あいさつ抜きで語り始めた。
「やたらと拡大しないこと。たくさん飼うと病気が発生する。欲を出してはいけない。ほどほどにすることだ。高度な文明社会になって問題ばかり発生する。難しいことは何もないんだ。勉強しすぎて、勘違いして、頭が事を難しくしているんだ。」
語り方が山の仙人のようだ。斉藤晶さんは哲学者なのだ、と気づいた。「日本は、どこの国よりも恵まれた素晴らしい自然環境にあることに気づくこと。国土の70%は山だから、誰でも斉藤牧場のようにできるのだ。時間はかかるけどね。みんな、金を使うから待てないことになる。日本の国土は狭いのではなく、自分の頭が古いのだ。先住民と仲良くなって、そこから学ぶといい。自分のできる範囲のことをしていればいい。みんなが仲良くすればいい環境をつくっていけるのに環境問題を論じる人が、環境を壊している。日本が恵まれた国土にあることさえ、難しく考えずに意識すればいいことなんだ」。
斉藤さんは自らの感性のまま、自然に明るく語っている。なんといいお顔だろう。
「私は金もなく知識もなかったから、時間をかけて自然を観察して環境をとらえた。固定観念はないほうがいい。むずかしくしない方がいい。観察力が大事。歩いて感じとることが大事。大きな時代の流れのせいで感性が育っていないので、知識や固定観念でかえって環境をこわしている。でも、21世紀はこのことに気づいていく時代なのだ。高級官僚に1週間位、何も考えないで斉藤牧場で過してほしいね」。
この考えで斉藤牧場は100%開放し、みんなが訪ねてきて、ゆっくり過せる場にしている。牛達は一日中草を食べ、山の牧場を歩き回り、夕方、乳がいっぱいになると搾乳に牛舎に戻ってくる。
斉藤さんはひとしきり話し終わると、カマを片手に牧場を歩き始める。しばらく一緒に歩かせてもらった。風で倒れた木からまた芽がでて木になった。不思議な自然の芸術作品の前で休みながら、向こうの倒れている木を指さした。「あの倒れた木も、生命を吹きかえすのをじっと観察して待っているんだよ」と教えてくれた。(松浦幸子)

みんなで生きていくために!
笠木透さんのうたづくり教室 レポート♪


6月26日 笠木透さんと雑花塾の増田康記さん、鈴木幹夫さんをお迎えして、クッキングハウスのうたづくりがいよいよ本格的に始まりました。第一回のとき、「みんな10曲詩をかけよ!」と笠木さんに激励され、メンバーもスタッフもそれぞれに、自分の思いを詩にしてきました。ハッピーアワーのこと、旅のこと、家族のこと、幻聴のこと、仲間のこと、とにかくみんな、どうしたらよいかわからないまま思いを書いてきました。
まずは笠木さんから、「詩を読むときの私のポイント」を教わりました。1、わかりやすいか 2、はっきりしているか 3、絵が浮かんでくるか 4、言いたいことがあるか 5、わかちあう喜びがあるか 6、今がうたわれているか 7、何かにたとえているとなおよい 8、よわいものの立場でかかれているか 9、下手でいい。本音を書いているか 
ひとりよがりでなく、みんなでうたうことのできる歌にするために、何が必要なのか。
「自分が元気よく生きるために、本音を表現しよう。本音を言っても排除されない、全く違う考えでも認め合うことが大切。みんなでやる歌づくりは、安心できる場所でなければできない作業だ。」と笠木さんは言います。クッキングハウスがつくってきた、「いつも自分の気持ちを表現する」という活動の延長に、今日の歌づくりがあると実感しました。
何人かの詩を読み上げ、意見を言い合います。
難しいけれど、みんなの意見が集まってくることで、もっとよくするところが見えてくるのです。
次回7月24日には、「みんなもう3曲は作って来るんだぞ!」と笠木さん。頭を抱えながらも、ティータイムで詩を読み合わせ、感想を言い合い、詩を直していく作業が始まっています。(林由佳里)


<<ホームへ戻る

<<通信一覧ページへ戻る