クッキングハウスからこんにちは No.129

目次(青字の記事を抜粋してあります)2009年11月30日発行

目次
 巻頭言:NPO法人設立・目次…1、動くクッキングハウスin金沢・新潟 韓国ソウル・中国延辺への旅・・・2〜5、レポート:日帰り旅行・群馬への一泊旅行・関川村コンサート・夢tomo活動報告・リハ学会・
 秋のメンタルヘルス報告・新春講座・・・5〜8、トピックス:CD発売・夢tomo物語出版・・・8〜9、
   文化学習企画:SST・キミ子方式・前田先生スペシャル・サイコドラマ・楽健法・お楽しみ企画・
旅の報告会等・・・10〜11、講演スケジュール・各地からありがとう・・・11〜12

動くクッキングハウスin金沢・新潟

〜金沢 から新潟へ4泊5日の旅〜
賞味期限が切れないうちに、自分のメンテナンスが必要なんです

 
 
11月20日〜24日、金沢から新潟までの4泊5日のコミュニケーション講座の旅。
毎日泊まる宿が変わるのも初めての体験。
初日は、石川県居宅介護支援事業所のケアマネージャーや訪問介護事業所のコーディネーターのコミュニケーション講座。私に依頼されたテーマは、「援助職である私たちは、対応困難を感じる当事者や支援者仲間にどのように向き合い、コミュニケーションをとっていけばいいのか」というもの。より質の高いサービスを提供したいと願っているみなさんに、私がプレゼントできるものは何かと考えた。やっぱり自分を自由に解放してあげること、そしてよくやっている自分をたくさんほめてあげることだ。この研修会は、自分をメンテナンスしてあげられる日にしようと決めた。まるで私の思いが通じたかのように、「昨年の今頃の研修会から一年。あの時、とっても楽になれました。もうそろそろ賞味期限が切れそうで、待っていたのです」と、代表の方の挨拶に共感の笑いがおきる。

 ウォーミングアップがいっぱい必要。気分調べのあと、「君の星は輝いているか」。ほめ言葉のシャワーのバリエーションで考えたもの。星型のオレンジや赤・ピンクの元気になる色の紙を配り、「自分の星がちゃんとあなたを見ていてくれましたよ。あなたの星は輝いていたんです」と話し、今年一年よくやったなと思うことを書いてもらう。その星カードを2人組になって交換して、星になったつもりでその人の書いたことを、心をこめて読んであげる。自分の書いたことなのに、役割が変わるだけで聞いていてじんとしてきて涙が出てきてしまう。
一人では抱えきれなかった困難な事例の課題も、ロールプレイで客観化すると見えなかったものが見えてきて楽になる。頑固でサービスに応じてくれず、ドアも開けてくれないと悩ませっぱなしの一人暮らしのお年寄りの気持ちが見えてくる。それは、円陣に座っている全員も共有できることだった。いいグループができていた。


2日目は、水野スウさんの「紅茶の時間」の“ともとも”の仲間たち。コミュニケーションを学び続けている素敵な市民たち。イメージし、共感する力が深まっていて一年前と比べて一段と表情が輝き、若返った感じがする。嬉しい発見だった。語り合うことから生まれた「夢tomo誕生物語」の話をし終えた昼頃、スタッフの田村さんが間に合うようにと送ってくれた新刊が届いたのだ。「うわ!タイムリーなプレゼント」と感激。「“tomo”が“ともとも”と共通なのは偶然なの?」と、スウさんの驚き。「何度も何度もネーミングを語りあっていくうちに、この名前に落ち着いたの。それが“ともとも”の姉妹のようだなんて、本当に不思議。思いはつながっているんですね」と私。みなさんが喜んで、できたてほやほやの本を買って下さった。
スウさんが、ほめ言葉のシャワーの歌「贈りものの言葉」を作詞・作曲。まるで、こぼれるように浮かんできて、留守番電話に吹き込んだという。京都の松田順子さんが編曲しピアノの伴奏をつけてくれた。初めての披露。スウさんが優しく語りかけてくれるように歌ってくれると自然と目をつぶり、温かなシャワーをゆっくり静かに受けているように心にしみこんでくる。聞こえてくる泣き声も、自然の伴奏のよう。


誰でもきっとあるはず 言われて嬉しいことば 
ちいさなことに 「いつも ありがとう」
別れるときに「逢えて嬉しかった」
まだまだある言葉 贈りものの言葉
いっしょに探せたら どんなにかうれしい

あなたにも きっとあるよね
言われてうれしい言葉
「いつもいっしょうけんめいやっているね」
「あなたのいれてくるお茶 ほんとうにおいしい」
あなたのいいところ あなたは知らないの
わたしが見つけたら どうかうけとって
(「贈りものの言葉」詩・曲:水野スウ 編曲:松田順子)


3日目は、ソーシャルワーカーやケースワーカーなど、専門職の方々と市民のみなさんとミックスのSST。昨年からちょうど一年目。楽しみに待っていてくれた方たちと、初めての人たちの半々のグループなのに、ウォーミングアップ「君の星は輝いているか」では、泣きながら今年一年の頑張りをほめてあげている。ああ、みんな大変な一年を暮らしてきたんだな、けっこう無理してきたのだなと思う。やっぱり自分へのメンテナンスが必要。こうして仲間と共有しあえたら、もっと自分を愛したくなる。


4日目は、新潟県関川村の「ままや」。増野肇先生のサイコドラマを「ままや」のみなさんに紹介したいと、ずっと願っていたことがようやく実現した。増野先生もクッキングハウスで「ままや」の話を聞くことが多く、「ままやさんに行ってみたい」と言っておられた。
新発田でのルーテル教会で、「心の病の理解」という講演があり、終了後に夜のサイコドラマをしてもらうことになる。「ままや」のみんなは、もう5年間もSSTをやってきているので、すんなりとサイコドラマに入っていけた。夫婦のコミュニケーションを改善するというドラマ。いつもは、「我慢しよう。私さえ波風たたないようにしていれば収まるのだから」と、自分の心を封じ込めていた妻が、自分を見守っていてくれている大切なもの〜テーブルや電灯、窓の外の飯豊山〜に気付き、夫と話してみようと変わっていく。素直になれるから、サイコドラマは「ままや」にぴったり。
 この4日間、グループを安心できる心の居場所にするために、そして仲間の共感の中で自分を自由に解放していくために、ウォーミングアップがとても重要と再認識した。そのために、もっともっと自分の感性を磨いていこうと思った。(松浦幸子)

韓国ソウル・統一展望台と中国・延辺朝鮮族自治州を訪ねる旅
〜国境を考える〜

<ソウル・統一展望台から>
 私の母ノイさんは、昭和8年、当時の満州に夫になる人の写真だけを見て一人で嫁いだ。新潟港から船で釜山港に着き、そこから満州鉄道に長い時間乗り、朝鮮半島を北上し鴨(おう)緑(りょっ)江(こう)を越え、中国の丹(たん)東(とん)に着いた。母は、目印に窓からレースのハンカチを振り、私の父になる人がホームに迎えて来てくれていたという。
 それから昭和21年秋の引揚船に乗って日本に帰るまで13年間、旧満州で暮らした思い出をどの位寝物語に聞いて育ったことだろう。私の心に中国は、ふところの深い国として印象づけられた。いつか、母の暮らした中国の旧満州を訪ねてみたいと思っていた。ムジカ音楽・教育・文化研究所で、韓国歴史と文化の旅企画への参加で、ようやく実現できた。2009年10月31日〜11月4日、4泊5日のかなりハードスケジュールで韓国ソウルと、中国延辺族自治州を訪ねた。
同行ゲストは、エッセイストの朴慶南さんと、シンガーソングライターの李(イ)政(ジョン)美(ミ)さん。李政美さんは、クッキングハウスのレストランでコンサートをやっていただいたことがある。案内は、延辺の歴史と文化の研究をしている作家の戸田郁子さんで、わかりやすく魅力的な話をして下さった。

ソウルから1時間、38度線に近い北朝鮮との国境の統一展望台からは、とうとうと豊かな流れの臨江河を挟んで向こう岸に北朝鮮が見える。太陽の光で輝く美しい河、広がる青い空、青く霞む山々。この鉄橋を渡って当時25歳の母は、中国へ行っ
たのだと臨江河の白い鉄橋を見つめた。

1953年7月27日、朝鮮半島が南と北に分断されてからは、中国東北部まで続くこの満州鉄道も自由に乗れないでいるのだ。河を渡れば目の前に身内や友人や仲間が暮らしているのに、こんなに近いのにどうにもならない現実。一人の一生は、一世紀と続かないで短い。希望が叶わないうちに一生を終えなければならないとしたら、なんとつらいことだろう。人間とは、なぜこうも愚かなのか。折り合いをつけて、交流しあえないのか。目の前に横たわる美しい臨江河を見ながら、国境について考える。

<中国延吉へ>
ソウルから飛行機で2時間。北朝鮮との国境に近い町・延吉に着くと、マイナス10度。地面は凍り、滑って転んだら大変と、そろりそろりと歩く。大寒波で、私たちの到着前日迄は空港も閉鎖だったという。ここは、朝鮮族の自治州でもあり、朝鮮の人びとが移住し、開拓して豊かな農地をつくってきた歴史がある。
図們(ともん)の町まで行き、豆(と)満河(まんこう)の橋の半分まで渡り、北朝鮮との国境をみる。橋の中程に、赤い分断線が引いてある。そこからは、許可なしに渡ってはいけない。豆満河の流れは早く、凍った表面の氷塊も勢いよく流していく。北朝鮮から亡命しようとして、溺れ死ぬ人もいるという。白い雪の山々、雄大な空。自然は、ちっとも変わらず落ち着いているのに、なぜ人間は自然から学べないのか。
日本軍が豆満河を渡って北朝鮮に入った後、爆破してロシア軍が侵入できないようにした橋も歩く。無残な橋として崩れ落ちている。私たちが手を振って挨拶すると、向こう岸の北朝鮮兵も出てきて手を振って答えてくれる。なんだかおかしな風景だが、みんな同じ人間なんだと思う。こんな様子をみて、豆満河に笑われているみたい。
防川展望台は、中国、北朝鮮、ロシアの3つの国の国境が眺められる絶景の場。豆満河の向こうには日本海が見え、ウラジオストクに続くロシアの大地。なんとも広々と豊かな海の玄関口。一点のくもりもない青い空が広がっている。こんなスケールの大きな眺めを見たことがあったろうか。いつか国境なんてなくなって、みんな自由に交流しあえたらどんなに幸せだろう。そのためには、私たちはコミュニケーションを学び、自分の気持ちを伝え、相手の言い分もよく聴く力をつけていかなくては。クッキングハウスのSSTの練習の大切さにつながった。(松浦幸子)

        想像してごらん 国なんて無いんだと
        そんなに難しくないでしょう?
        殺す理由も死ぬ理由も無く
        そして宗教も無い
        さあ想像してごらん みんなが
        ただ平和に生きているって・・・
(「Imagine」 詩・曲:ジョン・レノン 訳詩:李政美)


<<ホームへ戻る

<<通信一覧ページへ戻る