今までで最高の76名の参加。満員御礼の酸欠状態だ。関川村からは、7時間かけて平田ゆかりさん、米原悦子さん、近百合さん、義一さん、平山さん、節子さん、山本さんが来てくれた。石川県からは小矢野さん、安全食品センターの宮名さん夫妻、毛呂山町から石田佳代さん、3刷になった「統合失調症を生きる」の編集長だったNHK出版の諸岡さん・・・。懐かしい方々が遠方から来てくれて、これからのクッキングハウスのことを見守ってくれている。議長の池田和子さんのあたたかい雰囲気で質問や意見も活発だ。
「こんな楽しい総会だったら、毎日でもいいよ」と、初参加の岩城さん。
「爽やかないい総会だったね」とコンサートのゲスト安達元彦さんと岡田京子さんの感想。
「今回の総会は、クッキングハウスの未来を語り合う機会だ。3月の伊豆の旅でも、10年後の未来を語り合ったそうですね。松浦さんから、我われメンバーに希望があったら言ってほしい」と狩野君の第一声。「コミュニケーションの力をつけていくことです。当事者から発信していけるようになるために、コミュニケーションを日々学んで高めていきましょう」と松浦。
どう気持ちを伝えていくか、どう人の気持ちを受け止め理解していくか、クッキングハウスの20年の実践は、コミュニケーション力をつけることだった。回復力につながることだったし、一緒に生きていくためにこれからも一番必要なことだと思う。
質問もたくさん出された。(回答者・松浦)
Q.一般寄付が多いが、その内容は?
A.講演を聴いた方から、精神保健福祉が進むようにと200万円の寄付があった。他には、みなさんの寄付と松浦の本の印税分の寄付です
Q.消費税が10%に上がったらランチの値段はどうなりますか?
A.1000円のまま変えません。レストランを始める時に、メンバーたちがおつりで悩まないように決めたことです。メンバーの食事代500円も、生活保護の場合でも払える値段でしっかり食べて体も心も養えるようにと真剣にと考えて決めたことです。
Q.メンバーとスタッフのパートナーシップを今後どういう形でやっていくのか、具体的に考えを聞きたい。
A.動くクッキングハウスや、日常の活動でも一緒にひとつの仕事をやっていくパートナーシップの力がついてきています。特に今年は、ピアサポートの力がぐんとついてきて、仲間同士の支え合いができ、セルフヘルプグループが充実してきました。
Q.自立支援法が成立して、今後のことはどのように考えているか?
A.危機こそチャンスと受け止め、前向きにすすみたい。それぞれの夢をたくさん語り合っていくことを大切にしていきたい。今日の総会も、みんなが夢を語り合う糸口になったと思う。これから、何度も夢を語り合う会を開いていくので、ぜひ一緒に!願っていれば叶う。クッキングハウスの家がほしいという夢など、いっぱい出し合いたい。
みなさんの質問から、クッキングハウスのこれからに夢を託していることが伝わってきた。狩野君より贈られた花に“夢は叶う”とメッセージが添えられていた。平田ゆかりさんは「全国にクッキングハウスをチェーン展開して下さい」とおもしろい発想で拍手。小さい場だからこそ、危機に直面しても堂々と明るく毅然として立ち向かっていきたい。
<コンサート>
安達元彦さん・岡田京子さんを迎えてのコンサート。安達さんのピアノ伴奏で、全員で「不思議なレストラン」を歌うと、総会後のみんなの熱気のこもった中でこみ上げてくるものがあり、泣きながら歌うことになった。後ろの人たちの声も自分の耳に響いてきて、お客さまの見守る姿も感じて胸がいっぱいになった。新しく作った3つのうたも、安達さんのピアノが入るとすべて名曲になってしまった。“港に吹く風”“石川啄木のうた”“わらべうた”次々とみんなで歌い、十分に満足した。
<みんなの芸が光っていた交流会>
レストランでの手作り料理は、ごぼうと蕗の八幡巻き、織座農園の春菊と柳原さんの新玉ねぎの天ぷら、野菜とゆで卵のサラダ、いなりずし、玄米おにぎり、ケーキ…。
きよみさんが、「芋食えば」を歌いだすと、会場はリラックス。安心して次々と歌が飛び出してくる。安達さんがピアノ、岡田さんがアコーデオンで伴奏をつけてくれるから、一段と素敵な歌になる。
池田君の「自由」も、今まで聴いた中で一番心がこもっていた。岩渕君のクラリネット、宮島さんは、覚えたばかりの「港に吹く風」を手話で披露。和子さんの自作の「娘よ」は、自立を見守る母の気持ちが伝わり、涙が出る。石田佳代さんのエプロンシアター。関川村のみなさんの「ピースナイン」。諸岡さんの原語で歌う「アニーローリー」は圧巻。写真家の田邊順一さんは、くまなく動いて写真を撮ってくれている。スタッフたちの一芸をする笑顔も光っていた。(松浦幸子)
木村快さんの『「共に生きる」ってかんたんに言うけれど・・・』
6月3日、うたづくりや総会のコンサートでお世話になっている岡田京子さんが学長の寺子屋に、スタッフの有光・竹内・田村・林の4名が参加しました。
今回のテーマは『「共に生きる」ってかんたんに言うけれど・・・』です。私たちは「地域でともに生きる」「みんなで生きる」「一緒に生きていこう」このようなことをテーマの一つにしながら日々活動し、20周年に向けて歌もつくりました。でもその意味をしっかりとらえ、本当に深めているのだろうか。そう思うと自信がなくなります。そんなときにこの寺子屋の企画を知り、なにかヒントを得たい、そう思っての参加でした。
第一部は講師の木村快さんが作・演出の「約束の水」の観劇でした。高齢化社会、地方の過疎化、夫婦の関係、親子の関係、水の問題、戦前・戦中のブラジルへの移民や満州のこと。たくさんのテーマが詰まっています。お芝居の中でも描かれている「共に生きる」を感じながら、いよいよ木村快さんのお話です。
1936年(昭和11年)に朝鮮の大邱府で生まれ、1945年敗戦によりお母さんと兄弟で引き揚げた快さん。敗戦によってがらりと価値観が変わってしまった大人をみて、「簡単に大人を信用してはいけない。」と思ったが、不思議と良い大人に出会うチャンスに恵まれ、卑屈になったりはしなかったこと。「暴力には屈しない」生き方をしてきたそうです。戦後の混乱の中で、自立を強く心に感じていたとわかりました。「今の日本は守ってもらうことばかりを求めている。一人一人の自立が必要。」と繰り返し話されたことが印象的です。
その上で、現代の自立や共に生きるという視点を話してくださいました。共に生きるというと、今は好きな人同志が集まってしまう。「嫌な奴だなあ。変なこと言うなあ。めんどうくさいなあ」と思う人とも、かかわりあい、共通の価値観を養い、試練を乗り越えることが必要。人とかかわる能力をもっと高めよう、と話してくれました。
また、「異文化の視点を取り入れよう」。日本人は、」とても違和感に弱い民族。しかし他の国の人が見た日本の姿は、私たちの財産です。
そして、「危機は避けられない。危機こそチャンスと思って取り組もう。」「自分にとって利益になることしかしない、というのはいけない。人間らしさが大切。」「つぶされたとしても、悪びれない生き方をしよう。」など、共に生きることにマニュアルはないんだと。どの言葉も自分の課題につながることが多く、特に「日本はこのままではだめになる!間違いない!」と言われた時は、どしんと胸に響きました。
「かかわり能力」は、私たちが学んでいるSSTや日々の活動と共通します。メンバー同士のセルフヘルプや、パートナーシップとも関連します。お互いが「かかわりあうこと」をもっと大切にしていきたいと思いました。これからのクッキングハウスを考える上で、スタッフ4人がお話を共有でき嬉しかったです。(林由佳里)
クッキングハウスの20周年を祝う会の宣伝をしてきました!
6月1日、たづくり会館で、日本国憲法の礎となった鈴木安蔵を描いた映画「日本の青空」が上映されました。上映実行委員会の古川ひろしさんから、「上映前にクッキングハウスの活動と、20周年を祝う会の宣伝をしては?」と声をかけていただきました。
斉藤さんは、「安心して過ごせる居場所があったから、少しずつ自分らしさを取り戻して元気になり、今では仕事にも就いて働くことができるようになりました。」と話すと会場からは温かい拍手。「玄米食レストランのクッキングハウスでは、憲法9条にちなみ、9のつく日は9個の穴があいているレンコン料理の日です。私たちも平和のことを考えながら活動しています。」と松浦さんが話すと、会場からは「ほぅー」と言う声が上がり、関心を持っていただけました。(中津川典子)
新潟県関川村・ままやの総会に行ってきました。
映画「学校」の原作モデル・松崎運之助さんの講演会と、交流会も参加です。講演会での運之助さんのお話を聞いていると、自分の心の中に沈んでいたものや記憶が呼び起こされ、じわじわ浮かんできて涙が溢れました。温かい贈り物を受け取っている様な気持ちになりました。参加された皆さん誰もが涙を流し、運之助さんの言葉に耳を傾けていました。
肩寄せ合い、ひしめき合って、ままや特製の鍋料理や皆さんが持ち寄られた家庭料理を頂く交流会。特別ゲストに松浦さん。「運之助さんを囲んで ホンネを大切にする会」とフリーハンドで書かれた交流会のテーマ。ホンネの「ン」が抜ければ、ホネ(骨)を語り合う会。ユーモアもたっぷり詰まっています。ままやは、いつ行っても心がほぐれて、関川村に住みたくなります。ままやのみなさんのおもてなしの気持ちや、人が集まる場所のあることの嬉しさを感じました。(有光梨紗)